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子どもが苦手・お世話が苦手な私の子育て術

子どもが苦手だから至った私の子育て方針

私は子どもが苦手です。何故なら、子どもは騒々しくて、自分の事も出来ないのに、意思伝達が下手だからです。子育てのほとんどを終えた今言うのですから、根本的な苦手意識は10代の頃からなんら変わりがありません。

騒々しいのが嫌いで、人の世話を焼くのが苦手な人間なわけですが、これは換言すれば、上記に該当しない子どもならポチャポチャした柔らかいほっぺは大好きですし、大人でも子どものように騒々しければ苦手という事です。

赤ん坊は私が最も苦手とする存在です。オムツが濡れているわけでもない、ミルク(母乳)を飲ませようとしても口を堅く結んで益々激しく泣く、その様は私にとって正に脅迫でした。

子どもけれど命は尊く、我が子は可愛いです。

そこで私は以下の子育ての指針を打ち立てました

  • 子どもが1日も早く言葉で意思の伝達ができるようにしよう
  • 子どもが1日も早く自分の身の回りの事を自分でできるようにしよう
  • 子どもを安心して社会に送り出せるよう、コミュニケーション能力と自律を身に付けさせよう

これから、私がこの3つを実現するために取り組んだ子育て術を書かせて頂きます。

これで男女2人を自立するまで育て上げてきたので、同じように子どもが苦手な方の一助となるならば幸いです。

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1日も早く言葉で意思の伝達ができるようにさせるために

子育てにおいて私の根底にあったのは、たとえ赤ん坊でも一個の人格として向き合うという事でした。私が「〜でちゅ(です)」などの赤ちゃん言葉のようなものを全く使わなかったのはその表れです。

私は、犬や滑り台など様々な名詞も正しく使いましたが、1歳ちょっと位の子どもは片言しか話せないので、子どもの発音はうるさく注意しませんでした。
何故なら、うるさく注意するあまり、話したいという子どもの意欲を阻害しては大変だと考えたからです。注意などしなくても、私が話す正しい発音を耳で学習していれば、子どもは成長するに従って正しく話せるようになるはずです。

私は、この方法は正解だったと考えます。何故なら息子も娘も、2歳になる前から、周りの人が驚くほど多くの言葉を使って上手に話す事ができるていましたし、学校の教科でいう国語の能力も高かったですから。

ディバイスモデルを与える

ボタンの留め方でもお箸の持ち方でも、子どもに何かを教える時、私は必ずメカニズムを説明し、その上で正しい方法を教えるというやり方をしていました。勿論、子どもが初めから上手くできるはすはないので、子どもが上手くできない時、私はその理由を説明し、改めて正しい方法を教えました。

こんな小さい子にそんな事言って何が分かる?と、ご近所のお婆さんに笑われた事がありましたが全く気にしませんでした。
何故なら、私の狙いは、そういうコミュニケーションの形や説明を聞く姿勢を身に付けさせる事にもあったからです。

しかしまたその頃の私は、「幼い子どもは熟語の意味が理解できない、或いは話すスキルが無いだけで、感性は大人と同じ」という事を我が子に関して洞察していました。
肝心なのは、子どもが理解できる簡単な言葉で説明する事です。

ところで、私達が何かの装置を使う時、慣れていないとその操作は厄介な上に、やっとおぼえた手順も、しばらくその装置を使わないでいると簡単に忘れてしまいます。
しかし、その装置がどんな内部構造を持ち、どのように働くかという事を理解していると、操作手順を楽に、しかも確実のおぼえる事ができます。これは、その手続きの背後にある概念的、あるいは意味的な知識が促進的に働くからです。

認知心理学の分野ではこのような知識を「ディバイスモデル」と呼び、ディバイスモデルを与えられる方が、与えられないより装置の操作手続きをより早く学習する事ができ、しかも忘れにくいという事が、実験で示されています。
(参考文献 市川伸一・伊藤裕司編著『認知心理学を知る』1993年 (株)おうふう)

私は、我が子がオムツ卒業や洋服の脱ぎ着が幼い年齢でスムーズに果たせたのは、この理論を活用したからだと考えています。

コミュニケーション能力と自律を身に付けさせるために

私が子育てに奮闘していた約20年前に「公園デビュー」という事が言われ始めたと記憶しています。
核家族化の影響か、ただでさえ育児の負担が、新米の親御さんだけに重くのしかかっていた世の中で、この公園デビューは、それを果たせず家に籠ってしまい益々孤立するお母さんを多く生んで、それは幼児虐待や、もっと最悪の結末へと母子を追い詰めて行きました。

この現象と並行して、私は室内用のブランコのみならずジャングルジムや滑り台を置く一般家庭が増えたなぁと、感じていました。

決して広くないマンションの一室に置かれた滑り台を繰り返し滑る子どもの様子をお母さんが眺めているという光景が、テレビのドキュメンタリーで取り上げられました。
そのお母さんは、子どものためにも引き籠ってちゃいけないとジレンマを抱えつつも、体が動かないのです。

では何故、公園デビューを果たせないお母さんがいるのでしょうか。
私も公園デビューには苦労したので、当時を思い出して推測すると、理由は3つ考えられます。

  1. 親子さん達の和が既にできているようで入りにくい。
  2. お母さん達の雰囲気が自分と合わない。
  3. そもそも公園で遊ぶことに悲観的に考えている。

しかし私は、全ては子どものためと自分を奮い立たせ、ほぼ毎日公園に行きました。よく行く公園にどうしても足が向かない日は、違う公園に行ったり、いつもと違う景色の中を子どもと散歩したりしました。これは気持ちの切り変えになりましたし、子どもの無邪気さに救われもし、明日は公園へ行こうって思えたのでした。

公園は毎日通う事で、利用する親子さんが決して固定的でない事がわかりましたし、顔見知りもできてきました。何より私が感じたのは、育児の悩みやストレスから、話し合える仲間を求めて公園に来ているお母さんが多いという事です。

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ところで、室内用のジャングルジムや滑り台やブランコが、孤独なお母さんの救いになっていたのなら、それは意味のある事です。しかし、室内用大型遊具を置いている全てのお宅が上記の問題を抱えていたわけではないでしょう。

室内遊具は、外に連れて行くのは面倒とかいつでもその遊びができれば子どもも喜ぶし、1人で遊んでくれて私も楽とか、汚れないから良いとか、やんちゃな子に会わなくて済むから良いとか、大人の都合で安易に置いていたご家庭も有ったかもしれません。

そうであるなら、私は、それは子どもの成長における深刻な問題を孕むと考えていました。

その問題とは何か。

1つ目は、ブランコ・ジャングルジム・滑り台などの遊具は、やはり雨が降らない日の明るい時間に外でのびのびと遊ぶための物で、遊びは、それに合った条件でやる方が、もっとずっとその醍醐味を味わえるし、狙いとする能力も伸びるという事です。ボール遊びも同様でしょう。

2つ目は、子どもが危機管理能力や我慢を学ぶ機会を逸するという事です。
暗くなった時間や雨の中で、滑り台やジャングルジムやブランコなどで遊ぶのは、見えにくかったり滑ったりして危険ですし、雨に濡れると風邪をひくかもしれません。いつでも自由にできる室内用は、そんな危機管理能力や我慢を極めて限定的にするという事です。

夜や雨の日は、お絵かきや絵本の読み聞かせ、家のお片付けや簡単なおやつ作りなどを一緒にやるのは如何でしょう。多種多様な事を経験させる事で子どもの感受性が広がります。

室内で大型遊具を使う場合、私はそれは自分専用か、或いは兄弟姉妹など使う人間の力関係が固定的な状況が多いと考えますが、この点に3つ目の問題が潜んでいます。

公園の大型遊具は、同時に大勢の子どもが楽しむ物ですから、そこには学べる要素が一杯です。年上の子や年下の子、同性や異性、性格や反応の違い、当然、衝突が起こる事もあります。
子どもが起こす衝突の原因は、子どもの性格や育ち方(親の育て方)に有るのではなく、子どもが、自分を優先してくれる大人との関わりしか経験していない、子ども同士で交わる機会に慣れていないからに過ぎません。

つまり、幼い子どもにとって公園遊びは単なる遊びではなく、色んな事を学ぶ学習の機会なのです。
夜なら夜に、雨の日なら雨の日に合った遊びを選択する事で、親は子どもに我慢や自律を教えるべきと考えました。
また、ルールを守る事や譲る耐える解決するという能力や知恵を身に付けさせるために、親は子どもを様々な人間と関わらせ、小さな衝突さえ勉強であり、これがやがてはコミュニケーション能力になります。

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更に言うと、外で遊ぶというのは鳥や虫の声などの自然の音、風が髪や頬に触れる感じ、香り、花や空の色や雲の形などを見る、そういった刺激を受けて感性や感受性を高める意味でも重要で、必要不可欠な事です。人間関係を円滑にするためにも、子どもの感受性は高めてあげたいですね。

最後に‐親になる訓練‐

これまで、外で遊ぶ事の、子どもさんにとっての意義を述べさせて頂きましたが、私は、子どもを外で遊ばせる事は親となる訓練にもなっていると考えます

何故なら、親が自分の不快感や負担感から、子どもが社会と交わる機会を奪ってはいけないからです。
我が子が泣かされた時、「相手の子や親御さんの育て方が悪い」と思っても、逆に我が子が誰かを泣かせてしまって「2度と合わす顔がない」と思っても、我が子がよその親御さんに叱かられた事を不快に思っても、親はそれを克服して外へ出なければならないのです。

多くのお子さんが、親御さん抜きで一番初めに経験する集団生活は、保育園や幼稚園だと思いますが、そこで先生達が初めに、そして最も一生懸命教える事が、ルールを守る事や譲り合いだと思います。

人間は社会と繋がる事で健全を保てる存在と言っても良いかもしれません。
肝心な事は、コミュニケーション能力や自律(自立)だと思います。
私はそれを子どもに身に付けさせる事こそが、親として育児の目指すところだと考え、今も育児に励んでいます。